元好問
元好問の詩は今までにいくつも紹介していますが、彼は南宋と対峙して中国北方を支配していた金の地に生まれ、金朝の官僚となり元や南宋との争乱の時代を生きます。45歳(1234)のとき、金は滅び元朝となります。以下の詩は彼が47、8歳のとき、山西省から河南省の辺りを転々としていた時代の詩です。
元好問の詩、特に律詩は、杜甫以後最も格調の高いものとされています。
羊腸坂
浩蕩雲山直北看 浩蕩たる雲山 直北に看る
凌兢羸馬不勝鞍 凌兢(りょうきょう)たる羸馬 鞍に勝えず
老来行路先愁遠 老来 路を行く 先ず遠きを愁い
貧裏辞家更覚難 貧裏 家を辞す 更に難きを覚ゆ
衣上風沙嘆憔悴 衣上の風沙 憔悴を嘆き
夢中燈火憶団欒 夢中の燈火 団欒を憶う
憑誰為報東州信 誰に憑ってか為に報ぜん 東州の信
今在羊腸百八盤 今羊腸の百八盤に在りと
はるかに広がる雲のような山を真北に看ながら進むが、おどおどとしたやせ馬は鞍にも絶えきれぬほどである。
年を取っての旅行はまず遠いのを心配し、まして貧しい中で家を出て行くので辛いとかんじる。
衣の上の風沙に憔悴した身を嘆き、夢に見る灯火に家族集まっての団欒を思い浮かべる。
誰に頼めば、家族の住む黄河の東(山西省)への手紙を届けられようか。いま、私は百八曲がりの羊腸坂を辿っていると。
十二月十六日還冠氏十八日夜雪(十二月十六日、冠氏に還る。 十八日夜、雪)
少日鶱飛掣臂鷹 少日 鶱飛(けんぴ)して 臂を掣(ひ)く鷹のごとく
只今癡鈍似秋蠅 只今 癡鈍なるは 秋蠅に似たり
耽書業力貧猶在 書に耽る業力 貧なるも猶お在り
渉世筋骸老不勝 世を渉る筋骸 老いて勝えず
千里関河高骨馬 千里の関河 高骨の馬
四更風雪短檠燈 四更の風雪 短檠の燈
一缾一鉢平生了 一缾(いっぺい)一鉢 平生了す
慚愧南窗打睡僧 慚愧す 南窗 打睡の僧に
若いときは元気に飛び立って鷹匠の肘を引っ張る鷹のようだったが、今はのろまなことは秋の蠅に似ている。
書物にふける元気は貧乏ながらまだあるが、世渡りに使う筋力は歳を取ったこの身には絶えきれない。
ゴツゴツと骨張った馬に乗って関所や黄河を越えての千里の旅をして、夜更けに風雪の中やっと家に帰れば低い燭台が迎えてくれた。
瓶一つ、鉢一つで一生を送る僧侶、そんな生活をうらやましく思うと、南の窓の下で居眠りをしているであろう坊さんに対して恥ずかしい。
冠氏:地名、今の山東省冠県。金滅亡後、監禁を解かれた好問が土地の有力者の客となっていた。
参考図書
中国詩人選集二集 元好問 小栗英一選 岩波書店李商隠 「秋日晩思」